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風景そのものになる 3 

先生 そしたら、AとBと別れて、Aから逆に見るようになるという状態は、nさんは大きなものに包まれたような、そこの所読んで。
自分がその風景を見ているのか、その風景になっているのかの区別がつかなく なって、深く大きなものにつつまれている。
先生 そうそう、その自分が風景を見ているのか、自分がそのなかにはいったような、どっちかわからないような、それが意識の移行。
そういうふうに、やんわりぼんやり出てきた。みんなはなかなかそこの所がいかないから。意識が移行したらこういう状態になる。
また、場所として、風景というのはひとつの場所、個として自分がそこにいる状態、それそのものが場所そのものになれるとM先生がおっしゃる通り、風景そのものになったような、風景と自分との分離感がなくなってしまう。見ているという感覚がなくなって、風景のなかに自分が溶け込んでいる。
だから、わたしは一枚の絵葉書のように、ピシッと一枚の絵のようにできあがってしまうというふうに言った。そしたらその体験をしたならば、みんなは今度は日常のなかでもその意識をいつもいつもできるようにしておかなきゃ駄目なの。
それが、nさんがいろんな感情でこうもなってしまうものであろうかとか、また、本当に自分のなかでおち込んでしまったりしているけれども、そういうふうに堕ちたりしているとあの意識はどこにいったの。あの意識はどうだったのというふうに、再現することができない。記憶は戻ってくる。
月山のすばらしい星空だったり、すばらしいご来光だったり、その風景は思い出すけれど、その意識は二度とは浮かびあがらない。
その風景を思い出すんじゃない、記憶をよみがえらせるんじゃないんです。その意識を思いだしなさい。意識の次元を記憶しておく。
そしたら、N君、S山にいくことがようやく分かったということを言葉で言ってみて。
S山いって意識が移行したような状態になった。帰ってきてから先生がその意識を忘れないように、一カ月に一度くらい行にいきなさいとおっしゃったんですけれど、それが、何を忘れないようにするのかわからなくて。
先生 だから、そういうふうに変わったことを自覚しなくては駄目ですよ。
現実の自分のなかに後ろめたい所とか、何か下心とか、いろんなそういう心を隠し隠しいると、何か自分の下心を覗いているみたいだから、あわててそれを消したがる。
だから、現実の所でそれはちゃんと整理をしておきなさい。
やっぱり、うそも方便でいろいろなことがある。それは現実、だからって、それと瞑想の所というのは、かかわりは別なんだというふうに。
その掴まえた意識のレベルというのは、それを記憶するということはとても大変。
最初は一週間に一回くらい同じようなこと、だから、内のなかでもいいから、その状態と同じく、大きなものに包まれたような、そういうような状態ができるように何度も何度もする。
ということは、無の状態、いつも定にはいるような安定した状態、その状態をいつもいつも作っていると、すぐさっとでてくる。
その状態は自分がわかっても、第三者の人に話すには、自分でそれを解釈する知恵、現実の知識が必要なのです。
自分の今がどういう状態の所まできているかということは、それはちゃんと把握しておきなさい。そこまで来たら自分のなかで再現できたのは、定に入ったということ。
定に入ってきたということは、そろそろ自分の中での脳内麻薬が動き始めること。
でも、それにも何種類もある。
それがいい方向に行くもの、また戦争のような勝負という所でばかり動くもの。その人の性格とか体質とか、いろんなものによって出方が違う。
だから、日常生活を整えなさい。ヤーマ、ニヤーマなんて言うのは、悪いことはしない、いいことをするなんてそんな簡単なことではない。
日常生活を整えておきなさい。そして、自分のそういうものをいつも見つめておきなさい。
いつも自分というものを、この思考の方向ではこの価値観が自分だけのものであろうか、それとも人類みんなの普遍的なものであろうかというように、そういう反省はしょっちゅうしておかないと駄目です。




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